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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)3674号 判決

原告 徳山工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 山口教一

右訴訟復代理人弁護士 松山文彦

被告 株式会社近畿相互銀行

右訴訟代理人弁護士 松永二夫

右同 宅島康二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の申立

1.請求の趣旨

(一)、被告は、原告との昭和四一年八月一七日付金銭消費貸借契約証書に基づく原告の金四六二万五、〇〇〇円の債務が存在しないことを確認する。

(二)、訴訟費用は被告の負担とする。

2.請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

二、当事者の主張

1.請求原因

(一)、被告は、原告との間に昭和四一年八月一七日付金銭消費貸借契約証書を作成し、これに基づいて原告に対し金五〇〇万円を貸渡し、その後一部の弁済を受け、現在金四六二万五、〇〇〇円の右貸金残元本債権があるとしてその支払を請求している。

(二)、原告は、右証書作成の事実は認めるが、これに基づく金銭の授受が全くなされていないので、右金銭消費貸借契約は未だ成立していない。

(三)、よって、原告は被告に対し請求の趣旨第一項の如く債務不存在確認を求める。

2.請求原因に対する答弁

請求原因第(一)項の事実は認める。同第(二)、(三)項は争う。

3.被告の抗弁

(一)、被告は、昭和四一年三月三一日ころ、原告から、原告の申請に基づき金一、〇〇〇万円の大阪府中小企業信用保証協会の保証付借入を申請するにつき同協会の保証の諾否ならびに保証額については未定であるが、その保証を得るについて相当の期間を要するので、金融を急ぐ関係から右保証は借入の出来る迄の繋ぎ資金として金六〇〇万円を融資されたいとの申出を受けたので、これを承諾し同日被告に対し金六〇〇万円を弁済期日昭和四二年一一月末日(但し、後日原告が右協会の保証付借入を受けられたときは、その借受金をもって直ちに弁済を受ける)、利息日歩二銭八厘の約定で貸与した。

(二)、右協会は原告の申請に対し金五〇〇万円の保証を承諾したので、被告は、原告に対し右協会の保証の下に昭和四一年八月一七日金五〇〇万円を左記の約定で貸付けたがこれが本件係争の貸付金である。

弁済期限 昭和四四年一二月一六日

弁済方法 昭和四一年九月二五日を第一回として金一二万五、〇〇〇円也、以後毎月二五日に金一二万五、〇〇〇円宛割賦償還し期限に完済する。但し、最終回においての返済日は一六日とする。

利率 月利八厘六毛、但し一ケ月に満たない場合日歩二銭八厘

利息支払方法 昭和四一年八月一七日をはじめとして以後毎月二五日に一ケ月分先払いのこと、但し、最終回においては一六日とする。

(三)、被告は、右貸付金から貸付費用等金六万〇三五〇円を控除した残金四九三万九、六五〇円を同月一七日原告の当座預金口座に振替えた。原告は、同日、金五〇〇万円の小切手を振出して右当座預金口座より金五〇〇万円の払戻しを受けて、同日被告に対し額面金一〇〇万円一口、額面金二〇〇万円二口の各通知預金をなした。

(四)、昭和四一年八月三一日、被告は、前記約定に基づき、右一〇〇万円の通知預金を原告に払戻し、原告は即時右金員を前記六〇〇万円の貸付債権の弁済として被告に支払ったので、被告はこれを右債権の一部に充当し、さらに同年九月二二日、被告は右二〇〇万円二口の通知預金を原告に払戻し、原告は即時右金員を前記六〇〇万円の貸付債権の弁済として被告に支払ったので被告はこれを右債権の一部に充当した。

(五)、右の如く、本件貸付金については、現実に金銭の授受がないが、原告の承諾の下に前記六〇〇万円の貸付残債務金の支払に充当されたものであるから、原告は金銭の授受と同一の経済的利益を受けており、要物性の要件は充足されている。

(六)、原告は、本件貸付金に対する弁済として、昭和四一年九月三〇日第一回分として金一二万五、〇〇〇円、同年一二月三一日第二、三回分として金二五万円を支払った。その結果、本件貸付残元金は金四六二万五、〇〇〇円となっている。

4.被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)、抗弁第(一)項のうち、原告が被告から昭和四一年三月三一日に金六〇〇万円を弁済期日昭和四二年一一月末日、利息日歩二銭八厘の約定で借受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)、同第(二)項の事実は認める。但し、金五〇〇万円の現実の授受はない。

(三)、同第三項のうち、右貸付金が原告の承諾の下にその主張の如く原告の被告に対する通知預金とされたことは認めるが、原告は、現実に右金員を使用できる状態ではなかったから、未だ要物性の要件は充足されていない。

(四)、同第(四)項の事実は否認する。

5.原告の再抗弁

(一)、仮に、本件通知預金に要物性があり、本件消費貸借契約が成立しているとしても、原告は、期限未到来の旧債務の弁済を承諾していない以上、被告は、原告に対し右通知預金の払戻義務がある。しかるところ、原告は、被告に対し、昭和四一年九月末ころおよび同年一〇月五日ころ、右各通知預金の払戻請求をなしたが、被告は違法に右請求に応じなかった。被告の右債務不履行によりその入金を予定していた原告は、同年一〇月ころ手形の不渡事故を発生させ倒産のやむなきに至った。

(二)、仮に、原告が本件貸付金をもって旧債務の弁済に充当することを承諾したとしても、被告が旧債務の弁済に充当した行為は、被告と大阪府中小企業信用保証協会との間の旧債務充当禁止の約定に違反する行為であり、又、私的独占の禁止および公正取引の確保に関する法律(以下独禁法という)第一九条の「事業者は不公正な取引方法を用いてはならない」旨の規定および昭和二八年九月一日公正取引委員会告示第一一号十の「自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して正当な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること」の規定に違反する行為であって、私法上も権利濫用、信義則違反として無効な行為であるから、被告は原告からの通知預金の払戻請求に応ずる義務があることに変りはない。

(三)、原告は、ミシン機械部品の製造業者であり、昭和四一年当時、毎月二〇万円ないし四〇万円の純利益をあげており、ミシン機械製造業界は昭和四八年ころまで輸出が殊に好況であったから、原告が右営業を継控していたとすれば、年間最少限度二〇〇万円の純益を有し、したがって昭和四一年一〇月から昭和四八年一〇月までの七年間に少なくとも一、四〇〇万円の利益を得たはずである。しかるに、原告は、被告の前記債務不履行によって右利益を取得できなかったから、右と同額の損害を蒙ったことになる。よって、原告は、昭和四八年九月二七日の本件第一二回口頭弁論期日において被告に対し右損害賠償請求権を自働債権とし、本件貸金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をなした。

6.原告の再抗弁に対する被告の答弁

被告が原告からの通知預金の払戻請求に対し、現実に金銭の授受による払戻をしなかったことは認めるが、被告は、原告の承諾の下に被告銀行内部の振替手続によって右各通知預金を一旦原告に払戻したうえ、右払戻金をもって即時前記六〇〇万円の旧債務の弁済を受けたものであって、被告にはなんら債務不履行はない。

三、証拠〈省略〉。

理由

一、請求原因第(一)項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

1.抗弁第(一)項のうち、原告が被告から昭和四一年三月三一日に金六〇〇万円を最終弁済期日昭和四二年一一月末日、利息日歩二銭八厘の約定で借受けたことは当事者間に争いがなく、証人長岡徹および同南出幸生の各証言によれば、右貸付に際し、原告から訴外橋詰十三を介して被告に対し当初一、〇〇〇万円の融資申出がなされたが、原告はそれまで訴外徳山精工株式会社がミシン部品の製造販売をなしていたところ、右徳山精工が融通手形を発行して躓き昭和四〇年七月ころ約二、〇〇〇万円の負債を残して倒産するに至ったため、同年八、九月ごろ右徳山精工の事業を引継ぐ目的で設立された会社であり、その実績もなかったので、被告としては、大阪府中小企業信用保証協会の保証を得ることを条件として原告の右申出を承諾したこと、ところが、原告は前記倒産会社を引継いだため資金繰りが苦しく右融資を急いでおり、他方、右保証協会の保証を得るには相当日数が掛かることが予想されたので、被告は原告の要求に従って右保証協会の保証が得られるまでの繋ぎ資金として原告に対し金六〇〇万円を貸付けることを決定し、原告との間で、右貸付金の弁済については、保証協会の保証付で後日原告が借受けた時点でその借受金をもって直ちに弁済し、もし右保証付貸付を受けられない場合は、毎月二五万円の割賦償還によってこれを弁済する旨の約定をなしたうえ、前記の貸付を実行したことが認められる。証人徳山義晃の証言および原告代表者本人尋問の結果中に、原、被告間において、右貸付金六〇〇万円は保証付貸付がなされるまでの繋ぎ資金とする旨の約定はあったが、それは一、〇〇〇万円の保証付貸付を受けられることが条件であった旨の供述があるが、成立に争いのない乙第一、二号証、証人徳永治正および長岡徹の証言によれば、右六〇〇万円の貸付については、原告から、訴外徳山精工株式会社所有の建物および訴外金昇沫所有の土地建物が担保に提供され、且つ右訴外人らおよび訴外橋詰十三らが連帯保証人となったが、被告の原告に対する担保力の評価は約一、〇〇〇万円に近く、被告としても、当初は、原告が保証協会に保証を依頼すれば一、〇〇〇万円の保証付貸付が得られるであろうと予想していたこと、ところが、保証協会の右担保物件の担保力の評価は八〇〇万円であり、実際の貸付保証決定額は一、〇〇〇万円を大巾に下回る五〇〇万円であったこと、右の如く、原告の担保力の評価につき、被告と同協会の査定に差がでたが、被告としては、原告に実績がないことから保証付貸付以外は貸付をしない方針であり、保証付貸付額が予想に反し一、〇〇〇万円を下回る場合でも、その貸付金から弁済充当を受ける意思であり、原告もこれを了承していたことが認められ、右認定事実に照らし前記供述はにわかに措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

2.抗弁第(二)項の事実は当事者間に争いがなく、証人徳永治正の証言によれば、昭和四一年七月ころ原告が被告から事業資金を金借するについて一、〇〇〇万円の保証依頼がなされたので同協会は被告からの委託に基づき原告の信用調査をなし、前記担保物件を八〇〇万円と評価し、その外、原告の経理内容等諸般の事情を総合考慮したうえ、その保証額を五〇〇万円と決定したこと、そこで、被告は右協会の保証決定に基づき金五〇〇万円の貸付を決定しこれを前記の如く実行したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3.抗弁第(三)項のうち、右五〇〇万円の貸付金につき、被告が原告の承諾の下に原告の被告に対する通知預金としたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告は、原告との前記1の約定に基づき、右五〇〇万円の貸付金につき原告の当座預金口座に入金し、これを更に前記通知預金口座に入金し、これを抗弁第(四)項記載の如く各通知預金払戻の手続をなしたうえ(原告からその都度の領収書を徴している)、右払戻金をもって前記1の六〇〇万円の貸付金に弁済充当する内部処理をなしており、右貸付金五〇〇万円については原告に対し現実の金銭の授受は全くなされていないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

4.以上認定の事実関係下において、本件五〇〇万円の貸付について要物性の有無を検討するに、原告は、前記の如く本件貸付金が原告名義の通知預金とされたが、未だ要物性の要件を充たさないと主張するところ、前記認定の如く、本件貸付金が原告名義の通知預金口座に入金されたといっても、各通知預金証書が原告に交付された形跡はなく、原告においてその払戻を受ける手段を欠き、これを自由に処分できる状態ではなかったものであるから、たしかに右入金の段階では未だ要物性の要件が充たされたものとはいえない。しかしながら、前記認定の如く、被告は、原告の承諾の下に本件貸付金をもって前記六〇〇万円の貸付金の弁済に充当した(一旦原告に払戻したうえで改めて弁済を受けた)ものであるから、右弁済充当の時点で原告は現金の交付があったと同一の経済的利益を得たものであり、したがって本件五〇〇万円の消費貸借契約の要物性の要件は充足されているものというべきである。

5.抗弁第(六)項の事実は原告の自認するところであり、これに反する証拠はない。

三、そこで原告の再抗弁について判断する。

1.再抗弁(一)については、原告が前記の如く弁済充当を承諾している以上、理由がない。

2.同(二)については、まず成立に争いのない甲第二号証によれば、大阪府中小企業信用保証協会が信用保証協会法第二〇条に基づき保証に関して被告銀行との間で取り交わした約定書の第四条に「銀行は同協会の保証に係る貸付(被保証債権)をもって銀行の既存の債権に充てないものとする」との規定があることが認められるところ、被告の前記弁済充当は、たとい被告において前記の如く右貸付金を原告の通知預金口座に入れこれを一旦原告に払戻す形式をとったとしても、右約定に違反する行為といわなければならない。しかしながら、右約定書の第一二条によれば、右約定違反の効果は、同協会において銀行に対する保証債務の全部又は一部を免れることであって、現に証人徳永治正の証言によれば、同協会は被告の右約定違反の故に本件保証債務を履行していないことが認められるが、右約定違反が被告の銀行業務一般に対する監督対象となることはあっても、そのことの故に前記弁済充当を無効とすべき理由はない。

2.次に、いわゆる独禁法違反の点については、同法第一九条所定の「不公正な取引方法」に該当するか否かにつき、証人南出幸生の証言によれば、本件貸付時における原告の資産状態、信用は良好ではなく本件担保物件があっても他の銀行等金融機関は全然相手にしてくれない状況にあったことが認められ、このような状況下で被告は原告に繋ぎ資金を貸付けむしろその便宜を計ったものであり、その担保力の評価も、前記協会の評価に従い原告の従前の実績等総合考慮して決定したものであって、正当な評価というべきであり、原告が主張する如く当然に一、〇〇〇万円の担保力があったものとは到底認められず、これらを総合すれば、仮に本件が形式的には預金拘束に該当するとしても、直ちに「不公正な取引方法」に該当するものとはいえず、又、権利濫用、信義則違反、又は公序良俗違反と目すべきものではない。

3.よって、原告の再抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四、以上の次第で、本件消費貸借契約は適法に成立しているものというべきであるから、右契約に基づく債務の不存在確認を求める原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

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